鍵をロッカールームに忘れて、自宅と会社を往復。
何度目だorz
こういうところからも、会社勤めに向いていない姿が伺える。
かといって、自宅でなにかできるほどスキルがあるわけでもない。
困った困った。
鍵をロッカールームに忘れて、自宅と会社を往復。
何度目だorz
こういうところからも、会社勤めに向いていない姿が伺える。
かといって、自宅でなにかできるほどスキルがあるわけでもない。
困った困った。
Ubuntuが台頭して以後、sudoコマンドによって、本来管理者でなければ起動できないコマンドを走らせるという管理方法が定着しているように思う。
特に最近はUbuntuベースのディストリビューションも数多く登場していて、Linuxが使えると称するためのスキルのひとつとして、sudoは外せないものになっていることは間違いない。
Ubuntu登場直後はsudoの設定に関する記事がIT系ウェブサイトに登場したり、システム管理者向けの雑誌にどのように使うかというhowto記事が掲載されたりもしていたが、最近では新たな解説記事を目にしなくなったことからも、一般的なコマンドの一つとして定着していると言える。
一見、sudoは利点ばかりに見えるが、最近ではある場合にこれを使うべきでないと主張する動きもある。
例えば先鋭ディストリビューションの雄であるaptosidがそのひとつだ。
マニュアルにわざわざsux/sudoという項目を設けて、sudoでなくsuxを使って作業すべきだと説いている。(suxはsuのラッパーとして動き、Xの資格情報やディスプレイ情報をサーバに送信するコマンド)
aptosidがsudoを使うべきでないとする理由はこうだ。
侵入者がもし一人のユーザーのパスワードを手にしても、すぐにスーパーユーザーの権利でシステムを破壊することができなくなるからです。(※「破壊することができるからです。」あるいは「破壊され、利用することができなくなるからです。」の誤訳だと思われる)
sudo のもう一つの問題点として、ユーザーの設定でスーパーユーザー用のコマンドを実行しているうちに、ファイルの権利設定を知らない間に変更してしまうことがあることです。このためにその後コマンドをユーザーとして実行できなくなってしまうような例もあります。
これは、LiveCDにはrootパスワードが設定されていないという前提に立っての発言であるわけだが、このあたりの分別をつけずに、なんでもsudoでという動きがあるのは、私はあまり良くないことだと思っている。
個人的な意見を言わせてもらえば、sudoはスーパーユーザで作業しているという緊張感のレベルをぐっと下げてしまうように思う。
例えばsuseではその昔、rootでXを立ち上げると、壁紙が爆弾マーク一色になる仕組みがあった。
本来管理者権限での作業は、そういう緊張感を持って行うべきものだと私は考えている。
たしかにsudoは便利だが、管理者としての作業という意識が下がってしまうことで招くトラブルは、何よりも深刻ではないかと考えている。
もちろん適切にアクセスコントロールをすれば問題ないのだろうし、きちんと理解した上で使えば便利なコマンドなのは確かだが「スーパーユーザで行うべき作業は全部sudoを通してやります」などと初心者向けを謳うサイトで、何の説明もなしに、おまじないのごとく解説されているのを見て、今回の記事を起こすに至った。
まとまりのない文章になったが、なんでもsudoはよろしくないという、私の意見である。
東京電力への実質的な公的資金注入が閣議決定されたそうだ。
具体的には国内の原発を保有する各電力会社からの拠出金と、交付国債なる形での政府からの拠出金をベースに機構をつくり、その機構が東電を支援する形になるという。
僕は、ここに大義名分があるのかを問いたい。
一応の名目は「①被害者への迅速・適切な賠償 ②事故による事業者(東京電力等)の悪影響の回避 ③安定した電力供給の確保」のためとされている。
でも僕は、これには大義名分があるようには感じられない。
国債という形をとるにせよ、政府から拠出される金があるのだ。
それの理由が、説得力のないこれらの名目だとしたら、声をあげるべきだろうと思う。
例えば被害者への迅速適切な賠償。
どこまでが被害者かわからないのに、適切も迅速もあるだろうか?
どれだけ被害額が出るかわからないといっているのに、迅速な賠償が可能だと、本気で思っているならば、まずはその脳みそを洗うところから始めたほうがいいと思うくらいだ。
事故による事業者の悪影響の回避については、そもそも回避する必要があるのか?という視点に立たなければいけない。
少なくとも今回の原発事故がもたらしたものは、悪影響ではなくやってきたことの収穫であると思う。
安全を二の次三の次にしてきた事の収穫だ。
これは東電自身が刈り取るべき収穫分であって、それは悪影響でもなんでもない。
企業としてメッキで誤魔化してきた部分がハゲるだけの話だ。
最後の安定した電力の供給については、(東電自身の働きと節電の呼びかけによって)計画停電もとりやめられ、生活するために必要な電気量は確保できている。
これ以上の安定した状態とはいったい何だろうか?
そして、そのための方策が何も示されていない状態で、果たして公的資金注入まで明記した法案が閣議決定される日本は、いったい何なのだろうかと思う。
さらに気になるのは、この「機構」なるものの存在だ。
原子力の専門家などを中心に集めるそうだが、明らかに天下り先をひとつ増やすだけになるではないか。
逆立ちして考えても、私には機構を新たに設立する理由がよくわからない。
しかもそこには原発を保有する電力各社からの巨額の拠出金と、政府からの資金が集まってくる。
これが天下り先でなくて何と言うのか?東電のドサクサに紛れて、無駄を増やそうと言うのだろうか?
その神経、安直な発想には言葉も出ない。
本当に「公的資金を注入しなければいけないほど」なのであれば、既にその手の活動を手がけている、産業再生機構あたりに、特別法を使って委任するほうが賢いやり方なんじゃないだろうかと思う。
手間も時間も、新たに機構を設立するよりはスムーズだろうし、何より名目としてあげている迅速な対応につなげるためには、現状ある機構を活用するほうが賢いだろう。
公的資金注入をするならば、国民が納得するだけの大義名分が必要だ。
東電はどれだけ説明責任を果たしたか?
未だ安定しない原発について、現状どうなっており、どのように回復させ、廃炉するのかというプロセスを示したか?
他の原発についての取り扱いはどうか?今後どうやって安全を確保した上で運営するのか、説明をして納得してもらえているのか?500年後の子供たちが苦しまないプランを建てられているだろうか?
資金を注入してもらわなければどれほどマズイ状態にあるのか、経営者みずから、国民に対して説明しているだろうか?
少なくとも私の目には、名目を掲げる前のこれらのステップはひとつもクリアできていないように見える。
少なくとも私の耳には、日々小さくなり、今にも消えてしまいそうな、原発についての説明の声しか聞こえてこない。
納得できるだけの理由なしに、間接的とはいえ、政府から東電へ金が渡ろうとしている。
怒りではなく、建設的な気持ちで、声を上げるときは声を上げなければいけないと思う。
参考記事:
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110614dde007040031000c.html
http://www.corporate-legal.jp/houmu_news253/
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0614&f=business_0614_124.shtml
久々にあれこれ欲しいなと思っていまして。
出張の関係で、先日Amazon.comで注文した書籍を受け取るところまで至っていないので、.comで買いたいものはいろいろあれど、今そちらは我慢しています。
その代わりと言っては何ですが、Amazon.co.jpのほうであれこれカートに入れてニヤついています。
帰国したらタイミング良く入手できるよう、注文する予定なので、購入したらまた記事を上げようと思っています。
早く帰ってプラモデルしたいなぁ。
読書と呼んでいいのか。
一応本だから換算するけど。
読んだのはこちら。
読んだというより、やったという感じ。
1日30分ぐらいずつ、基礎から英語を勉強しなおそうと考えて、あれこれ探してこの本に出会いました。
まずは一冊目。中学校の最初から編です。
1章1日30分で進められるボリュームで、無理なく12章(最後は前後編なので実質13章)を、ほぼ2週間でクリアできました。(それぐらいカンタン・ラクチンというタイプの書籍だという事です)
僕の英語力はカナーリ怪しいところがあって、きっとこれは、中学校時代に英語を真面目にやらなかったために基礎力が足りないんだろうと睨んでいましたが、その通りでした。
あるていど読む機会のある、技術英文についても、理解できるけど読めてない実情がよくわかり、もっときちんとやりたいなとシミジミ思わせてくれる一冊でした。
書籍の中身はとてもシンプルですが、よくある最初に解説していたことをのちのち覆すタイプの書籍なので、そういう解説が嫌いな方には全く向かないと思います。
文章も教科書的でなく、口語的で軽妙な文章で、個人的には読みにくさは感じませんでしたが、人を選ぶ文章だと思いました。
Amazonでは下から上まで星が並んでいますが、要するにもう一冊参考書を置きつつ、その前振りとしてザザっとやるタイプの書籍かなと思います。
一応三冊+ドリルを積んであるので、計画通り進めようと思っています。
中学英語、ゼンゼンできてないし。。。という方で、時間はあまりとられたくない方は、読み物的に呼んでみると良いのではないかと思います。